韓国の教科書ではすべて朝鮮の青年は強制的に徴兵されたと記載されていると思いますが事実は違います。
1938.2 |
朝鮮 志願兵制度(対日本人への徴兵は1872.明治6より) |
1939.9~1942.1 |
募集制期間 |
1942.2~1944.8 |
官斡旋期間 |
1944.9~1945.3 |
国民徴用令(対日本人への国民徴用令は1939.7より) |
1944 |
朝鮮、徴兵制開始 |
陸軍中将まで栄進した洪思翊。日本人部隊を率いて抜群の勲功を立て、軍人として最高の名誉の金鵄勲章を授与された金錫源・陸軍大佐。戦後、大統領となった朴正熙は、陸軍士官学校を出て、終戦時は満州国軍中尉だった。
このような日本の陸軍士官学校を出て、めざましい働きをした朝鮮軍人たちに刺激を受け多くの朝鮮青年が日本兵になることを志願しました。
1943年には6千3百人の志願兵募集に対して、実に30万人以上の青年が応募し、倍率は48倍にも達した。血書による嘆願も数百人にのぼり、希望が入れられずに自殺までした青年も現れて、総督府を困惑させた。大東亜戦争に軍人・軍属として出征した朝鮮青年は合計24万人にのぼり、そのうち2万1千余人が戦死して靖国神社に祀られている。
朝鮮に徴兵制が敷かれたのは1944年秋。閣議決定が4月であり、その前の朝鮮兵はすべて志願兵なのです。
つまり韓国が靖国参拝に遺憾を表すのはとても恥ずかしいことなのです。
日本人として大東亜戦争に参加した朝鮮志願兵
師団長の前線視察(李氏朝鮮の皇帝の李垠王子)
第一回の朝鮮志願兵に対する市街戦闘の演習の写真
(1939年3月10日京城 現在のソウル鐘路通)
朝鮮銀行前